【ゲーム開発】ゲームが持つ多面的さ【開発ナレッジ】
こんにちは、涜(とく)です。
今回はタイトルの通り、ゲームが持つ多面的さについて書いてみます。作る上でというか、世に出す上で考慮しなくてはならないのでは?と私なりに考えているものを書き連ねてみようかと。
ゲームという商品
はい。いきなりですが、ゲームはほとんどの場合商品であるはずです。
たとえフリーゲームであっても、ダウンロードサイト等や内部に広告が設定されているなど、クリエイターに何らか報酬が発生する仕組みになっているものであれば商品と考えます。
せいぜいゲームに集客するか、ゲームで集客するかの違いでしかありません。ですので、本記事では実質的に上記のようなものは商品とします。
※例えば実質的に「ゲーム = 広告」とか「ゲーム = サービスの一部」であっても商品扱いです。
ゲームというのはどういう商品なのか
では、商品としての形態や特徴について考えてみます。
まずは形態が分かりやすいでしょうか。ゲームの形態は大抵は以下のような分類になるのではないでしょうか?
- ソフトウェア:ビデオゲーム
- カードや駒等のゲーム専用キット等:ボードゲーム、カードゲーム等
- テキストや画像等設定資料の書籍又はデータ:TRPG、ゲームブック等
これで網羅できているかはわかりませんが、浅学な私なりに書いてみました。
しかし、実際網羅することにあまり意味はないと思っています。理由としてはひっくるめればこれらはすべてソフトウェアになると個人的には考えているからです。
確かに形態はさまざまあるのですが、結局のところゲームにはルールがあり、それが破綻なく機能するのであれば物理的なものであろうが、電子的なものであろうが関係ありません。
要するに、多くの方がよく遊ぶデジタルのものはルールがプログラムによって再現されており、そうでない物理的なものはプレイヤーもしくはゲームマスターがルールを手動で実行しているにすぎません。
つまりゲームは本質としてルールを定義したアルゴリズムであり媒体は実は何でもよいのです。
逆説的に、ソフトウェアで気にするべきところを他の物理的な媒体でも気にしなければなりません。
気にする点というのはほとんどこれに尽きますが、例としてはバグです。バグというとデジタルだからこそ起きるイメージがあるかもしれませんが、仕様バグというやつは媒体を選ばずに発生します。
どういうものかというと、開発者の見落としや考慮不足によるものですね。
バグの修正は電子が一番楽です。できることが多い分構造が複雑ではありますが、修正の反映には困りません。逆に物理媒体である場合、修正後にそれの周知と改訂版の製造などが必要になるかと思います。
ここまでゲームというのはソフトウェアである。という話をしてみました。
多面的と言いながら一つに集約していますが、問題ありません。ゲームがもたらす価値には多様な見方が存在します。
ゲームという商品が提供する価値
ここでは3つの見方を提示してみます。以前のUXの記事に基づくものになりますので対応するUXの種類も併記しておきます。
※以下のUXの分類は私個人が勝手にでっち上げているものなので、↑のリンクも含めて話半分に読んでください!
ゲームとは?
- エンターテイメントである:情緒的UX
- 知育玩具である:論理的UX
- マネジメントシミュレーターである:経済的UX
エンターテイメントという考えにはしっくりくる方が多いかと思います。近年はゲームデザインをある程度固定して、シナリオやグラフィクス、サウンドで差別化を図ったり、クロスプラットフォームの足掛かりにするなどといった販売戦略がほぼ常用されています。
また、より最近の傾向としては、ゲームエンジン等のゲーム制作簡略化ツールの発達により、プログラム等作成負担の軽減を背景にグラフィック系の方々による個人ゲーム製作の事例も多く見受けられます。
これらのような最近の傾向は、ゲームの面白さというよりはゲームというインタラクティブな媒体でその世界を体験するという、表現媒体としてゲームが使われている印象です。
このような場合、プレイヤーが感じる価値はまさにエンターテイメントなのではないのでしょうか?
他方の知育玩具は、いわゆるゲームの面白さのことです。こんな言い方をすると子供向けっぽいですが、知育は大人も楽しめるものなはずです。「あたまのたいそう」というやつですね。
また、知育玩具という表現を使ってみたのは、創造性を含むからという理由でもあります。Minecraftなんかが最たる例ですね。もちろんこのようなサンドボックスだけがクリエイティブなわけではなく、プレイヤーが攻略法を編み出す過程は創造性に満ちています。
マネジメントシミュレーターであるというのは、意識してこれを目的にゲームをプレイしている方は少ないと思います。
例としては、ファーム系になるでしょうか。ゲーム内で必要な素材を自動製造/調達したりするシステムを自ら構築するみたいなタイプです。
基本的にゲームは何かの達成のために準備をしたり効率化したりする場合が多く、この要素の強さはゲームによって非常に極端です。特にソシャゲでは周回の簡略化など工夫が為され、日課の消化ではほとんどインゲームを遊ばなかったり効率化する部分自体がそもそもないなんてのはザラです。逆にインディーではこの作業を楽しむためだけのゲームみたいなものもあります。
以上の3つが、ゲームの価値をそれぞれ別のベクトルで示す見方だと私なりに考えます。
余談:コレクション価値はゲーム側が提供しているわけではない
価値というと出そうな話題だと思って触れておきます。
コレクション価値というものは確かに存在しますが、たとえ開発側が狙っていたとしても、主軸がユーザー側に置かれたものではあるので、不安定な価値です。
よくあるアチーブメント的な仕様はユーザーが楽しんでやってくれなければ、ただ辛いだけです。ユーザーがそっぽを向けば、その時点でユーザー個人にとっては無価値になります。
最近こういう仕様は「あって当然というか作れよ!」ってよく言われているらしいですが、それはある程度ゲームに居つくユーザーがいる前提で、そのユーザーの興味をそのゲームにできるだけ長時間キープするための仕様なわけです。
これはある意味ユーザーがゲームのその仕様を許容して自ら楽しんでいるにすぎません。そのため、下地は作れど提供というほどではないというのが実態かと思われます。
※達成と同時に報酬がもらえる場合は純粋なコレクション価値ではありません。
総括
色々書きましたが、要するにゲームはまずソフトウェアであり、次にエンターテイメントであり、知育玩具であり、マネジメントシミュレーターです。
ソフトウェアである前提以外の要素はゲームによって様々です。これから自分で遊ぶゲームをこれらの軸で分析してみるのも面白いかもしれません。
また、ご自分でゲームを作られている方はこれらを意識することで、開発中の迷いが解決する場合もあるかと思います。
もちろん、第一にソフトウェアである以上まずは正しく機能することが前提としましょう。
とはいえ、これは私の個人的な意見ですので、自分なりの解釈があればそちらを優先してください。
それでは、どうかあなたのキャリアに悔いのなきよう。
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