【ゲーム開発】パワーインフレは実はデフレ?ゲーム内経済は直感に反するという話。【開発ナレッジ】
こんにちは、涜(とく)です。
気が向いて前回書いた記事に関連づいて思いついてしまったので、書いてみようと思います。
インフレって聞くと、最近(24/8時点)は日本の物価ががどうとか円安がどうとか言われてますが、ゲームのインフレってそんなことより皆さん気になりますよね?だってもっと昔からインフレが問題視されてましたから()
というわけで、ゲームのインフレとか経済ってどうなのっていう話をしてみようと思います。
一応ことわっておきますが、別に私はただのゲーム開発者であって、経済に関する知識は趣味レベルです。
では、本題に向かいましょうか。
パワーインフレって言っときます
いわゆる皆さんが言うところのゲームに関する"インフレ"というのを、私はとりあえずパワーインフレと呼ぶようにしています。
"パワー"というのは主にゲームにおける攻略要素(キャラクターや装備など)の性能面のことを指していて、これの水準が高くなっていく様をパワーインフレと呼んでいます。
多くのゲームは当然のようにパワーインフレを起こす
ゲームをやっている人は、ほとんどの方がこのパワーインフレに遭遇しています。こういった現象について話題が取り上げられるのはソーシャルゲームでの場合が多いので、ソシャゲ特有の現象なのかと思われる方もいるかもしれませんが、更新されるものなら何でも起きます。
昔からある非オンラインのゲームでも、何ならアナログゲームでも普通に発生します。
イメージしやすいのは紙のカードゲームでしょう。今あるカードプールよりも、次弾で強力な能力を持つカードが刷られるなんて普通のことです。ただこれだと性質的にソシャゲっぽいので、ソロで遊べて終わりのあるゲームも取り上げてみましょう。
最近はソロゲーでも更新が入るのは当たり前になりました。DLCなどで味方が強化されたり、それに合わせて敵も強化されたり……これは紛れもないインフレですね。
後は更新が無くても、進行することで意図的にインフレさせる設計も普通にあります。これもパワーインフレということにしましょう。ただ、この場合は暴走する心配のないインフレです。人と競うわけでも協力するわけでもないですし、更新によって環境が変わるものでもありませんので今回は気にしないでください。
前回の記事では、トレードオフを作ってバランスを維持しようねみたいなことを話していましたので、パワーインフレはトレードオフと関連づけるとどう解釈できるのかという点についてお話ししたく思います。
パワーインフレは、トレードオフの基準をユーザーフレンドリーな方向にズラし続けることに他なりません。つまり、トレードオフの維持を辞めるもしくは短期間の維持と底上げの繰り返しという設計になります。もちろんそれを追いかけるように敵やステージを難しくしてバランスを取りますが。
なぜそもそもこんなことするの?と言われたら、ゲームに限らずコンテンツというのは注目されて意味があるものですから、より多くの人が理解できるもの注目するものを作るのは当然という風に考えているのではないかと思います。
殿様商売でなく客商売を頑張ると自然とこうなるという感じですね。
これって良いの?悪いの?という疑問が浮かぶかと思いますが、まずはパワーインフレが何をもたらすのかを整理していきましょう。
パワーインフレするとどうなるの?膨らんだらしぼむ
説明の前提として、理解しやすいと思うのでソシャゲを例にします。
パワーインフレ、つまり「今までのものより次のが強い」ということですが、まずこれが始まると、「ぶっ壊れきた!」とプレイヤーは騒ぎます。そしてその"ぶっ壊れ"は人権と揶揄されるなどして、保有していることに今後の攻略が安泰であるような風潮が生まれます。
これは攻略対象を作るレベルデザインにも影響が出ます。今まで難しい扱いだったステージの攻略が楽になったり、多くのプレイヤーが攻略可能になったりします。こうなると運営としても報酬とのバランスを鑑みて、より難しいステージを作らざるを得なくなります。
そして、さらに難しくなったステージにプレイヤーがフラストレーションを溜めると、以前にリリースされた"ぶっ壊れ"の保有しているしていないで論争が起きたり、分断が起きたり、そもそもぶっ壊れの存在を否定したり擁護したりといったプレイヤー同士の論争や葛藤が始まります。
運営はこういった状況を見ると、「"ぶっ壊れ"に水準を合わせた性能には需要がある」と当然判断します(というか後戻りできないなぁと思います)。しかし、ぶっ壊れレベルのものをポンポン放出して良いものではないという自覚もあります。そこで「ぶっ壊れほどではないがそれ以前より強いもの」という間を刻むような性能で次のリリース内容を固めていきます。
こういった流れによって、着々とパワーインフレは進行します。そしてついには"ぶっ壊れ"と呼ばれていたものをさらに超える、より"ぶっ壊れ"た性能をもつものがリリースされ新時代を築きます。
このようにパワーインフレは一度サイクルに入ると大抵止めがたいですし、プレイヤーがついてきてくれる間は当然運営も潤いますからやめられません。
しかしこれには次のフェーズがあります。
パワーインフレが常態化すると、プレイヤー感情的には「今回は我慢して次のが出るのを待とうかな?」であったり、「参加障壁上がったな。やる気失せるわ」的な考えを持ち始めます。つまり、プレイヤーがついていけなくなるわけです。煽られ疲れ、そもそもゲームに対する忠誠心を失いつつある状態に突入します。(絵や音、シナリオによる影響は度外視しています)
多くの運営はこの状態を上手く捌くことができず、縮小運営に移ったりサ終します。
こういった流れが、ゲームにおけるよくある運営パターンです。長く続いているゲームも最初の流行りを除けば、話題に上がらなくなってからは細々と運営していたりして、かつての栄華は失われて久しいという感じです。
なんだか悲しいですよね?こういうことって何度も繰り返されているんですが、もはや運命を受け入れているかの如く、同じ道を当たり前にたどる運営が後を絶ちません。ではなぜ、ほとんどの運営がこうなってしまうのでしょうか?
運営はバブルを忘れられないし、余裕がなければ近視眼的
経済っぽい感じですが、ええそうです。
先の項でお話した通り、運営は凋落する以前はちゃんと盛り上がりを作ることができています。盛り上がりというのは最初期の「リリースしたこと」、後は「パワーインフレによる買い煽り」です。これで売れているのはまさしくバブルであり、運営はここで売り上げた成功体験を忘れられず引きずります。これがゲームが廃れる兆候です。
この実績を多くのディレクターやプロデューサーは「続けていきたい」と考えますし、「パワーインフレは売るためのツール」と認識しますしされてます。しかし、プレイヤーは疲弊していきますし、パワーインフレに靡かなくなります。もしくは麻痺ですね。
この疲弊に気づいていてもあの手この手でプレイヤーを誘惑して何とか買わせようとします。例えばエッ!な感じのキャラを出したり、てぇてぇシナリオを作ったりして何とかつなぎとめようとするといった具合です。
当然この間もパワーインフレを止めることはありません。なぜなら、強いことは買う理由になりますし、レベルデザイン都合もあって止めづらいというのもあるからです。
これが続くなかプレイヤーの離脱は緩やかに進み、過去のものになるのは必至です。
これってゲーム会社的には内部で上層部に方針を承認されやすい選択を取っているに過ぎません。なので、もし解決方法や悪くないアプローチを思いついても、上が理解を示さなければ方針が変わることはありません。つまり、礼を欠くことを承知で言えば、サ終判断に限らずゲームは会社自身が終わらせていると言ってよいでしょう。
まぁ既に売れてて、たたむ前にやるだけインフレやっちゃえ!みたいなところもあるみたいなので、実態は運営次第でかなり違うであろうことも想像はできますから一概には評価できません。
パワーインフレは悪か?いや、どうしようもないだけ。
ここまでくるとやっぱパワーインフレって良くないなって思いますよね?
私個人的にはパワーインフレを使いながらも何とかする方法はあると思っているので、全くの悪であるとは言えません。しかし、一度でも過度なパワーインフレが感じられたゲームはプレイヤーからの信用を失いがちなので、一般的にはパワーインフレは無いか極めて軽微な方が良いでしょう。
とはいえ、ゲームバランスが崩壊してしまった場合にはリセットの手段として利用せざるを得ない場合もあるので、完全に捨て去れることはほぼないです。
実際インフレぶっ壊れキャラ作って売った方が儲かるんじゃね?と思われるかと思いますが、売り抜けて終わりでもいいならそれでいいです。しかし、長く続けて多くの人に遊んでもらうことでIP、ひいては会社自体が長期的に収益を上げる選択を取るのであれば、やはりパワーインフレを可能な限り避けたほうが良いと私は考えます。
派手な見た目や性能はゲームの入口を広さであり、居心地の良さやバランスの良さは出口の狭さと考えているので。
とはいえ、そもそも「パワーインフレさせるとプレイヤーが疲弊してしまう」というのが凋落のトリガーになり得るのですが、これはなぜそうなってしまうのでしょう?
パワーインフレの実態?
パワーインフレは平たく言えば「今までのものより次のが強い」ということですが、これが何を意味するのかを考える必要があります。
具体的に状況を考えてみましょう。
あるソシャゲで新規のキャラがぶっ壊れだとします。入手手段はきっとガチャでしょう。問題はこのガチャです。
ガチャというのは単価が決まっていて、一回で石いくらというのは遊んだことがある方々にとっては既知でしょう。しかし、今回はその上で、単価そのものというよりは同排出率のキャラって見込まれる石の消費量的には同じ額で見積もりますよね?ということが重要です。
つまり、「古くてもう強くないキャラ」も「今どきの強いキャラ」も、排出率が同じなら見積もり的には同じ数の石を消費して獲得すると考えるということ。これって、石の価値は常に最新のキャラに合わせて更新されることに気づきませんか?(厳密には増える分、同排出率帯内での内訳が圧縮されるので、ピックアップ対象でないキャラを狙う場合はやや引きづらくなりますけどね)
昔は同じ数の石で獲得できたキャラは今や弱い。しかし最新のキャラも同額の石で獲得できると考えたら、石の価値ってパワーインフレに連動して上がっていますよね?これ言葉上はインフレと言っていますが、実質的にはデフレと言えるんじゃないでしょうか?
石はキャラという商品を購入するための決済通貨であり、通貨が高騰していくというのはインフレと逆でデフレです。デフレというと物価が下がるイメージですよね。ここでは何が物価に相当するかというと、過去キャラすべてを含むキャラプール全体の価値です。新しく強いキャラが出れば、昔のキャラはドンドンお払い箱になっていくので価値が下がり続けます。
これをおそらくプレイヤーの皆さんは無意識に理解していて、「価値が下がるキャラなんか欲しくない!」「好きなキャラが相対的に弱くなるのは悲しい!」と気づいているんだと思います。
「石の価値は上がり続けているんだから、いつかパワーインフレが緩んだときにガチャ回しまくって過去一強いキャラ獲得してやろう」という長期的な目線に切り替える人が現れてもおかしくなく、こういった買い控えは典型的なデフレに見えます。
まぁコラボなど以後の入手手段が喪失される可能性があれば、積極的に消費されるかとは思いますけれどもね。。
※"石" = 課金アイテムやそれとほぼ同質の無課金アイテムを指すソーシャルゲーム界隈用語。
プレイヤーが成熟した今後はパワーデフレの方が有利か?
こうなるとプレイヤーの財布のひもが固くなるのは当然だと理解できますよね。
ならやっぱりパワーインフレではなく、"パワーデフレ"に持って行った方が良いでしょう。
とはいえ、パワーデフレってキャラの性能弱くするのかと言われればそうではありません。どちらかというと、性能に上限を設けて固定するというイメージです。通貨が下がり続けてもマイナスにならないことと同じように、デフレと言っても下がるばかりではなく止まるというのが肝です。
ここでパワーインフレのようにプレイヤー感情でのパワーデフレのイメージを言えば、
「新しいキャラもそれなりに強い」「今までのキャラも現役」「新キャラを確保すればこれからも長く使えるに違いない」という考えに至れるのではないでしょうか?
これは、過去キャラの価値が失われないまま数が増えているので、物価のたとえに合わせればキャラ総価値は少しづつ上昇するモデルと言えるのではないでしょうか?つまり、石を今すぐ放出することに意味があると思えるのではないでしょうか?こっちの方がインフレ経済らしいですよね。
まぁ実際の運営がこの考えで務まるかどうかは、やってみなければわかりませんがね……仮にこのパワーデフレの手法を取る場合懸念になってくるのが、攻略に困らなければキャラ需要減退するんじゃね問題です。しかし、これについては実は過去記事である程度抑制可能性があると述べています。ご興味あれば読んでみてください。
ちなみに私はアークナイツってゲームをよく遊ぶんですが、あれは既存ソシャゲの中ではかなり高水準でパワーデフレを実現していると実感してました。ネジはもう緩んでしまいましたけど。
やっぱ直感に反してて納得できんです?
とはいえ、強くなる≒高くなるというイメージだと、インフレっていう言葉の方がしっくりきますよね?
その感覚はおそらく、「自分が環境に追いつくコスト」が高いと認識しているのだと思います。
これでしっくりきてしまわれた場合、実は結構プレイヤーに深刻なんじゃないかと考えてしまいます。
インフレはモノが上がって通貨が下がるわけです。上記の考えだと「モノ=環境」ですよね。であるなら「通貨=自分が払う対価やモチベーション」だと思えるわけです。
これが下がっているということは「環境に置いていかれてしまう」とか「お金もっと払おう」「時間もっとかけよう」とかになりがちです。
純粋に良いなという気持ちでモチベーションが高くなったり、課金したくなるならそれはそれでいいことですが、個人的にはパワーインフレのせいでこれが促進されたら複雑だなぁというのが本音です。
総括
ということで、パワーインフレはデフレだし、パワーデフレはインフレっていう話でした。
前記事から思いついて書きましたが、結局のところトレードオフの基準を作ってそれを逸脱しないようにしようという主張は変わりません。やはりプレイヤーと作り手の間に暗黙の了解としてこういった基準を設けて信用を失わないよう努めることが重要だと考えます。
ゲームがお金を稼ぐ手段として成立するのは、きちんとゲームがプレイヤーに妥当な効用を与えているからなはずなので、売り抜きサ終とか、売り抜きナーフとかは極力避けるべきだと考えます。
ですので、たとえ運営するタイプのタイトルでなくても、長くプレイヤーと付き合えるようなゲーム主体となるべきだと私自身書いてて改めて思いました。
ぜひ世の運営には、自信をもってプレイヤーに「うちのバランスについてこい!」と言えるだけのゲームの定着が訪れてくれることと、運営自身の自己評価の高さを得て欲しいものです。
こんな記事書いてないで早くゲーム作れよって感じだと思いますが、気長にやっていきたいと思います。
それでは、どうかあなたのキャリアに悔いのなきよう。
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